小雨降る非常に快適な温度と湿度を満喫しながら韓国に居ることを楽しんでいます。
明日の午後には、沖縄に到着予定。
1996年に初めてソウルに旅行して、インドと沖縄を往復するようになって半年に一度ほどここに1,2日滞在するようになりました。
初めてのソウルでも、今日いるインチョンでも、いわゆる日本人嫌いをこれっぽっちも感じたことが、ない。
本当に皆無。全くもってない。
若い人たちだけでなく、年配の人たちも、とても親切で気さくだ。
人と人の間の壁…
それがあるとしたら、固定観念がそのもとになるのだろうと思う。
私が、『ここの人たちは、私のことが嫌いだ』と決めて行動すれば、ここの人たちはそれに反応するのかもしれない。
目で見て肌の色が違うとか、雰囲気が違うとかは当然はっきり感じるのだが、有り難いことに私の中にはそれが境になるという感覚がほぼ無い。
男性・女性と特に感じて人に接することもあまりない。
しいて言えば、どの国籍、性別でも人に接しているという感覚である。
そのせいで、いっぱい素敵な恋愛のチャンスも見逃して来てしまった。
何年か後に、「あの時、凄く好きだった」とか言われて「何で、その時言わんの~!? おりゃ~!!!」と思ったことは何回もある。
電気も水もネット接続も止まることのないこの空間に来て、
快適さを満喫しながら、久しぶりに何かに追われている気分もまるでなく
ネットでニュースを読んでいたら、あるニュースに行きあたった。
ある宗教グループが、他のグループに抗議してその聖典を焼き捨てる抗議行動に出る予定だというもの。
宗教の根本の目的は、幸せと支え合うことという誰しもが必要としていることに対しての道しるべと私は思う。
愛を主張する宗教のあるグループが、他を暴力的でないにしても攻撃する。
そこから生まれるものは、本当に『幸せと支え合うこと』なのだろうか。
『事実』や『真実』は、とてつもなく理解困難と思われがちだが
実は、非常にシンプルな赤ん坊でも理解できることだと感じながら生きている。
スイカの種をまいて、実るのは何?
スイカ!
じゃ、お芋の苗を植えたら、何ができるの?
おいも!
リンゴの種をまいたら、いつか木になり何ができる?
リンゴ!
攻撃の種の実は、攻撃。
自己正義の実は、自己正義。
不理解の実は、不理解。
そして、
受け入れる想いの実は、受け入れる想い。
謙虚さの実は、謙虚さ。
理解の実は、また理解。
戦争は、良くないと相手国を憎むことの実は、憎しみ。
憎しみの種から、平和も愛も実ることがない…という単純なことなのだが…
言い訳し、自分を正当化する。
そうすると『アキラメナイで』追求する必要が無くなる。
何でも相手のせいにしておけば、自分の労力は自己満足だけのために使えばいいから
開拓や開発や、進化のために使う必要はないので、非常に楽なわけである。
そして、固定観念で改善、進化、努力の必要をブロックすることができる。
巧みな話術で、それを上手にするすべを身に付けることがインテリジェンスなんて、
勘違いされた日にゃ、それこそ致命的だ。
Let’s go back to the very basic.
真に根本となるものに、立ち帰ろう!
創造は、破壊ではなく、シンプルな熱い寛大な思いやりのエネルギーによって始まった。
そして、その宇宙の法則は、今だって不偏的に変わることはない。
複雑な違いじゃなくて、シンプルで小さな共感できる物事を増やしていけば、必ず壁を取り去ることができるはず。
自分と同じように、周りの人も、まだ見ぬ人も好き。
まだ見ぬ人も、道端に行き倒れている人も…自分の一部。
上も下も、良いも悪いも…一切ない。
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