自己紹介

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子育て終了後、一生サラリーウーマンなのもいいかもしれないけど一度の人生花咲かせようと現在インドで15歳パグのペッタンと骨格調整『HSTi』の普及の為日々頑張ってます!非日常な日常で感じたことなど綴ってみたいと思います。

2011年5月7日土曜日

想い

10年以上も前のことになるが、
沖縄の陸軍基地で働いていた間に
第2次世界大戦から50年の式典があった。

沖縄から見るとあまりにもたくさんの一般人に被害が及んだ戦争。
過去の米兵たちは、何を想い参加するのか…
式典の計画を知った時期は、非常に複雑な気分だったのを覚えている。

かくして70代、80代になった過去の若き米軍兵だちが
ある者は杖をつき、義足をはめ・・・・・・再び、若き日の強烈なインパクトを与えた地に降り立った。

たまたま、働いていた部署が式典の計画・実行に大きくかかわっていたのと
その時付き合っていた陸軍兵の彼氏の関係で
ある老兵としばらくお話しすることができた。

老齢にして、無駄のない強靭な体つき。
深い想いをたたえた表情。
右手は、ピーターパンの海賊フックのように本当にカギ形に曲がった金属がついていた。
白髪の凛々しい、決して、老人という表現がしっくりしないA氏だった。

式典のプログラムの中に、希望者が座間味島にヘリコプターで行くというイベントがあり、A氏は、参加された。

争いは、国と国、民族と民族の戦争でも個人間のケンカでも
ただ、相対する意識が存在するということを証明するだけのために
時間とお金と犠牲を払うものではないかと思う。
勝った、負けたの判定がついても
決して、問題が根本的に解決したわけではない。
根を残したままの問題は、雑草のようにまた...。生えてくる。
勝った方も、負けた方も共に傷つくモノなのではないだろうか…

A氏は、戦後50年間ある想いを胸に秘めて生きていらした。
座間味島に到着して 島の人々が かつての敵兵たちを迎え対面した。
その時、一人の島の男性が、つかつかとA氏のところに迷わず歩いてきたのだ。

米兵に捕まると殺される。
そう聞かされていた母は、ぎりぎりの選択で小さな息子の命を断って
自分の命も断とうとした。
恐ろしい敵に殺されるくらいなら、せめて自分の手で楽にしてあげよう…
何という緊迫した決断だったことだろう。
このような事実は、実際数限りない程戦争の中で、今も起きて繰り返されているに違いない。

母自らの手で命を絶たれるはずだった小さな男の子は
ある米兵の必死の介護で命の流れを断たずに済んだのだった。
そして、その時小さかった男の子は、自分を助けてくれた米兵の顔を
たとえ50年経って成人した後でもしっかり認識することができた。

A氏は、沖縄戦での体験を、後に結婚した妻にも多く語らなかったそうだ。
50年間、自分の手の中で命のともしびがついたり消えたりした男の子の事を忘れることができず
まだ旅行が可能なうちにどうしても消息が知りたくて、式典に参加されたのだった。
寡黙なA氏の全てが解かったような気がした。

第2次世界大戦に勝利した米国。
その中に、ずっと戦争の悲惨さに傷ついて癒しを求めていた人がいたことの証明のように感じた。

島の男性にしても、その周りの人にしても『敵』という『絶対的な悪』のイメージは揺らいでいたに違いない。
そこには、何よりも大切な人と人の核の部分でのつながり存在したと思う。
人が、人として個人的に触れ合う時、必ず政治の矛盾を超える ~血の通った輝く何か~ が見つかるに違いないと思うのだ。

叩いた相手が、叩かれた相手を先に『こいつが叩いた!』と、
現代のマスメディアで訴えれば
先の事実は無視され、聞こえてきたことだけが固定観念として頭に残る。
全体としては、全くバランスを失ったままで情報が伝わっていく…

ある国の考えは、その国民にとっては正しいかもしれない。
そして、その国が相反する国の考えも、相反する国の国民にとっては、正しいのだろう。
力づくで一方を抑え込もうとすることに解決策がないということが顕著に見えてくる。

人の命を断った後、それをお祭り騒動のように祝うかの如く色めき立つ。
人命は、人命なのに、人を殺すことがダメという人達が、殺人を祝う。

そこには、A氏のような敵国の人でさえ人としての想いで感じる事の出来る人のすばらしさのかけらも見えてこない。

お願いだから、原点に戻ろう。
どんなことをしても、和解しよう。
そうすることによってしか、原因根絶はできない。
力ずくの方法は、逆に力ずくの方法へと発展していく。

反抗、反逆には、必ず理由があるはず。
本当に私利私益なしに
みんなが一つになることを目指せる地球にいつなるのだろうか。

その日は、遠く、実現できないようにさえ思えても…
それでも、私は今日も自分の持ち場で出来ることを力いっぱいやる決心だ。

そうする人が、少しずつでも増えてくれば
地球は、必ずいつか すばらしい生命の惑星になることを信じ続けて。

2011年4月4日月曜日

ガンバレ、日本! がんばれ、世界!

震災から3週間。
被災した人々や
その他のライフラインの不足に直面している多くの人たちにとって
不便な生活が,どんどんしんどくなっているのがネットのニュースで感じられます。

インドで生活していると
日本でなら『仰天ニュース』になりそうなことが、よく目につきます。
自分が、慣れ親しんできたことと極端に違ったりするので
びっくりしたり、話のネタになったりするのですが
時々、「なんで,そんなところにいるんですか? 良いとこないじゃないですか〜」とか
「インドを見下している。馬鹿にしている。」等のコメントを頂いたりします。

水が,頻繁に急に出なくなったり
一日何度もそして,一回に何時間も停電したり
バケツ1杯のぬるま湯で髪も身体も洗わなくては行けない状態が,しばしばあったり
一桁の気温の時に水が出るだけありがたく,冷水で身体を洗うことがあったしたとしても
『電気や水がある = 良い』
『電気や水がない = 悪い』
そんな発想をしない限り、事実は事実でしかありませんし
日常は日常でしかありません。

『ストレスとは比べることから来る』というのは,よく言ったもので
事実を事実として淡々と受け入れることがあきらめた時にストレスを感じるのかもしれません。

今,多くの日本の方が
大変な想いをされていることは、事実です。
誰も責めるわけではありません。
苦しい生活,これもまた事実です。

今日,知り合いが,直後から現地に飛んでボランティア活動をしていることを知りました。
彼の行動力に頭が下がります。
一日も早い復興を願い,自分も持ち場で精一杯自分に出来ることを頑張るばかりです、

以前にも書きましたが、
インドには、災害のレスキューや物資が届く以前の生活状態を
生まれてから死ぬまで一生する人たちが,数多く暮らしています。
その数....日本の総人口を越すかもしれません。

何故,この世の中にこれまでの貧富の差があるのか。
何故,贅沢三昧の無駄や浪費に明け暮れる人たちがいる中、ゴミの中にさえ糧を見つけられない人たちがいるのか。

宇宙、自然の法則は、
通常、水は高いところから低いところに流れていきます。
逆流は、何らかの異常が起こった時でしょう。

水分は、植物の根から肥料濃度の濃いところにどんどん出て行きます。

『有るところから無いところへ』
『無いところから有るところへ』が,至って自然の摂理だと思います。

世界の生活水準が,平等になることは無いかもしれません。
それでも,全ての人が、人として生きるための最低限の衣食住の確保に苦しまなくて住む日本、そして世界へ。
それが私の夢です。

そして、今,日本で,世界で確実に感じられる『共存意識のエネルギー』!
分け合うこと、共に生きること
今、本当にそれが皆の心に根付いて、二度と忘れられることがありませんように!!

2011年3月24日木曜日

生きること 感謝すること

インターネットのニュースで
『生き残った罪悪感』『在外邦人が自分には何も出来ないと苦しんでいる』という記事を読んで、
想うことがあったので記しておきたいと思いました。

ある国の人々が一生に一度も地震を経験しないのに
日本人が、地震に遭遇しない可能性は皆無に等しいと思います。

今回の地震も非常に強く、非常に広範囲でたくさんの被害が出ています。
悲しみと不安の中で過ごす毎日は、こころもからだも非常に、そしてどんなにつらいことでしょう。

また、そんな折に日本中、世界中で政治を超えて助け合おうという動きも高まっていることは、
素晴らしく希望につながるがる意識の変化だと思います。
「このまま育て、育て!」と願わずにいられない。
そして、自分も今いるところで何かをしようと心に決める人が増え続けているのが、本当に素晴らしい。

ここインドで、日本で地震発生の日以来、クライアントさんや知人はもちろんのこと見ず知らずの道行く人にも
家族友人の安否を聞かれたり、
”日本大変ですね.がんばってください!”と声をかけて頂いている。
中には、日本の放射能漏れが世界の迷惑になっているとぶつけて来る人もいるのだが、
パーセンテージ的には、思いやりの言葉が99%である。
全く見ず知らずの人が、私を知っているというのも、これまたインド。
家族単位、社会的階級単位で物事を考えがちな部分も強い方だと思うので
お声をかけて頂くと、やっぱり世界は一つになりたいんだ!と希望と確信がわいてきます。

ご存じのとおり、私は今回の大地震の以前から、そして今もインドにいます。
阪神大震災の時も、
生まれ育った場所を離れて沖縄で生活していたので、そこにはいませんでした。
ラッキー…といえば、ラッキー。
決して被害にあわれた方々が アンラッキー ということをいっているのでは断じてないです。

『死』を悪いもの、『生』を良いものと定義して
それを基盤に物を考えると,ニュースの記事のような考えに行き着くのかもしれない。
でも、生き残れた,死を免れたことには、必ず何かの理由があると思う。
感謝して追求すれば、生きていることはとても生産的で前向きなものになりえる。

とはいえ、ネットの記事の内容の人々の気持ちも、なんとなくかもしれないけれど解かるのです。
インドに来て、最初の頃は「なぜ、自分が日本人に生まれて、この人たちは、ここに生まれたんだろう。」と
何カ月かは苦しくて外にも出られせんでした。

『生きること』も時として、非常につらいことでもあるかもしれません。
インドで暮らしていると,災害にあったわけでもないのに、
日本的にはかなり質素に暮らしている私でも、豪邸に住んでいるように思える状況に暮らす人々を日常的に多々目にします。

道ばたの乾燥した土の上で生まれ、
棒切れにぼろぼろのビニールシートを掛けただけの屋根の下で育ち
流れる水等ない場所で成人し
夏の摂氏50度近い炎天下、冬の夏との気温差50度近い状況で結婚し
そこで,子どもを産み育て
生まれてから砂ぼこりにまみれない日は、一日もないだろうというのが大げさでも何でもない
一生『快適さ』とは無縁に生きる人たちを多く目にします。
日本人にとっての避難所生活の不便さにしても,この人達にとっては信じられない位素晴らしい暮らしに違いないことでしょう。

ライフラインの不足は、インドでは中流階級でさえ日常のこと。
水が出ない,電気が何時間もないことは,当たり前。

わたしとて
50度の室温で空気が微動だにしない時にも
施術を続行しなければ、停電時間がどれほど続くか判るわけでもない状況にしばしば出逢います。
冬のすき間風の吹く石の床の上で体の芯まで冷えて、かじかんで感覚のない指先で
セーターを3枚重ね着した人のゆがみを探すのも慣れたとは言えないが、経験させて頂きました。

どんな状況であれ、
それでも,人はたくましく『生きる』ように創られているように思います。

誰を責めるわけでも、自慢をするわけでもありません。
人には、順応性という素晴らしい才能が備えられていると思うのです。
生きていることを、生かされていることを感謝して
備えられている才能をフルに活用して,前進していこうと思っています。

『生』が、なければ『死』もない。
『死』が、なければ『生』もない。
紙に裏がなければ、表も存在しないから、紙は存在しない。

良い・悪いの視点で定義しないで
今の自分の状況に感謝し、そこで出来ることを精一杯行動に移すこと。
そんな意識を持った人が、地球上に増えたらこの星は、更に素晴らしいところになるに違いないと思うのです。

近くにいたら何かできるのか?
感謝出来ず、行動出来なければ距離が近くてもたいした違いはないかもしれない。
離れていても、その場所で自分に出来ることを精一杯することができる。

皆が、同じことをするのが重要なのではなく
皆が、同じ目的をもってアクションすることが重要なのだから。

離れていたから、生きていられたから出来ることは、たくさんあると思う。
失われた命を想い悲しむことからは、悲しみしか生まれない。
犠牲になった命を想い、生に感謝し、自分の存在に感謝すること。
そこから、多くの物を生み出すことが出来ると、信じています。

意識のエネルギーは、全てを動かす。
愛し合い、知恵を出し合い、才能や得意なことを分かち合う。
意識のエネルギーが、行動という形になることは、とてつもなくパワフル。

一枚の紙は、すぐに破れても
電話帳ぐらい分厚くなると、そんじょそこらでは破れない。

その意識のエネルギーを、常に創造・進化の方向に保っておくことが出来れば、
それって、とっても素晴らしい!
失われた命、失った大切なものを無駄にすることなく、前を向いて共に歩いていきましょう。

今、世界の再生の兆しが見える気がします。
どうか、その『兆し』が放たれた鳥のようにどんどん高く高く昇って、そして、どこまでも、いつまでも羽ばたいていきますように!

2010年9月9日木曜日

IN 韓国

小雨降る非常に快適な温度と湿度を満喫しながら韓国に居ることを楽しんでいます。
明日の午後には、沖縄に到着予定。

1996年に初めてソウルに旅行して、インドと沖縄を往復するようになって半年に一度ほどここに1,2日滞在するようになりました。
初めてのソウルでも、今日いるインチョンでも、いわゆる日本人嫌いをこれっぽっちも感じたことが、ない。
本当に皆無。全くもってない。
若い人たちだけでなく、年配の人たちも、とても親切で気さくだ。

人と人の間の壁…
それがあるとしたら、固定観念がそのもとになるのだろうと思う。
私が、『ここの人たちは、私のことが嫌いだ』と決めて行動すれば、ここの人たちはそれに反応するのかもしれない。

目で見て肌の色が違うとか、雰囲気が違うとかは当然はっきり感じるのだが、有り難いことに私の中にはそれが境になるという感覚がほぼ無い。
男性・女性と特に感じて人に接することもあまりない。
しいて言えば、どの国籍、性別でも人に接しているという感覚である。
そのせいで、いっぱい素敵な恋愛のチャンスも見逃して来てしまった。
何年か後に、「あの時、凄く好きだった」とか言われて「何で、その時言わんの~!? おりゃ~!!!」と思ったことは何回もある。

電気も水もネット接続も止まることのないこの空間に来て、
快適さを満喫しながら、久しぶりに何かに追われている気分もまるでなく
ネットでニュースを読んでいたら、あるニュースに行きあたった。

ある宗教グループが、他のグループに抗議してその聖典を焼き捨てる抗議行動に出る予定だというもの。

宗教の根本の目的は、幸せと支え合うことという誰しもが必要としていることに対しての道しるべと私は思う。
愛を主張する宗教のあるグループが、他を暴力的でないにしても攻撃する。
そこから生まれるものは、本当に『幸せと支え合うこと』なのだろうか。

『事実』や『真実』は、とてつもなく理解困難と思われがちだが
実は、非常にシンプルな赤ん坊でも理解できることだと感じながら生きている。

スイカの種をまいて、実るのは何?
 スイカ!
じゃ、お芋の苗を植えたら、何ができるの? 
 おいも!
リンゴの種をまいたら、いつか木になり何ができる?
 リンゴ!

攻撃の種の実は、攻撃。
自己正義の実は、自己正義。
不理解の実は、不理解。

そして、
受け入れる想いの実は、受け入れる想い。
謙虚さの実は、謙虚さ。
理解の実は、また理解。

戦争は、良くないと相手国を憎むことの実は、憎しみ。
憎しみの種から、平和も愛も実ることがない…という単純なことなのだが…
言い訳し、自分を正当化する。
そうすると『アキラメナイで』追求する必要が無くなる。
何でも相手のせいにしておけば、自分の労力は自己満足だけのために使えばいいから
開拓や開発や、進化のために使う必要はないので、非常に楽なわけである。
そして、固定観念で改善、進化、努力の必要をブロックすることができる。
巧みな話術で、それを上手にするすべを身に付けることがインテリジェンスなんて、
勘違いされた日にゃ、それこそ致命的だ。

Let’s go back to the very basic.
真に根本となるものに、立ち帰ろう!

創造は、破壊ではなく、シンプルな熱い寛大な思いやりのエネルギーによって始まった。
そして、その宇宙の法則は、今だって不偏的に変わることはない。
複雑な違いじゃなくて、シンプルで小さな共感できる物事を増やしていけば、必ず壁を取り去ることができるはず。

自分と同じように、周りの人も、まだ見ぬ人も好き。
まだ見ぬ人も、道端に行き倒れている人も…自分の一部。
上も下も、良いも悪いも…一切ない。

2010年8月27日金曜日

召命

神戸で生まれ育った私。
中学生の頃までは、絶対一生神戸に住もうと思っていた。
神戸を離れて大阪に住んだ時、「大阪もええな~♪」と思った。
そして、四国に引っ越して「高松もええな~♪」と思って暮らしていた。
「言うこと、ころころ変わるね~。主体性がない。」という評価も頂いたが、
私的には『Flexible (柔軟に対応できること)』は、楽だし楽しい。

それから、19歳になりたてで沖縄に引っ越した。
30年以上前の沖縄。
第一印象は『異国情緒・・・!? 中国っぽい?! 東南アジアっぽい?!』
今でいう『アジアン』なところだった。
那覇の公設市場のあたりで、歯の真っ黒なおばあちゃんが、道端でポーポー(厚焼きクレープの巻き巻きしたの)なんかをを売ってたり、ドルの両替屋をしていた。
コザの町は、めっちゃリトルアメリカ基地の街だった。
まだ若くてかわいかったし、今と変わらずミーハーなので
マクドナルドなんかで米兵さんに声を掛けられて私の英語力はどんどん開花していった。
この機会を逃すものかと、文法や単語力は自力でしっかり努力した。
ネイティブな先生にハンバーガーも無料でついてくる。
お得感満載な英会話学校だった~♪
車のトランクに隠してもらって夜の基地に入ってみたり、好奇心旺盛、吸収力旺盛なスポンジ
的年齢だったのかもしれない。
どんどんあの頃の面影は薄れているけれど、
私は泥臭くて素朴なコザの街が、そしてゆったりまったりな沖縄が今でも大好きだ。

沖縄は、今でも外国だと思う。
そんな感じが私の中ではする。
異国という感じではない。
地球の素の姿に一番近い国(元)のような気がする。
だから好きになって、移住したのかもしれない。
もちろん行ったことがない県だって国だってたくさんあるから、
これは私の直観にすぎないが。
沖縄からところてんつきのように押し出されてインドへ。
意に反してという意味では決してなく、なんかそんな感じでインドに来た気がする。
流されてではなく、『流れに乗って』が、しっくりくると感じる。

『召命』・・・・
秋を感じる夜に生まれた国とは違う風の香りを嗅ぎながら
私自身の自己実現が着々と形になっているのを感じています。

2010年7月25日日曜日

生きること 学ぶこと

インドと言えばヒンドゥ-教というほど、ヒンドゥ-人口は多い。
憲法でカースト制度が廃止されている現在も、カーストをとても気にする人口が多い。
その他にも、様々な宗教人口が共存しているのがインド。
色々な民族ごとに異なる宗教を含む文化が、混じり合っている。
旅行者には、とてつもなく魅力的な興味深い国だろう。
既に発展を遂げた国から移住すると、魅力的、興味深いプラスとめどなく不便で解りづらい国でもある。
理解なんかしないで受け止めるだけ…インド人だってそうして生きているんだなと、しばしば感じる。
あまりにも、階級や生活レベルの差が激しいこの国で、「自分はどうしてここに居るんだろう」と考え続けると頭がおかしくなるだろう。
外からの基準でがんじがらめの人生を送るしかないのだから。
全てを「生れ」と受け入れ、「生れ」に徹して生きていく。
アンケート結果でインド人が世界で最も幸福感の少ない国民だと言うのを読んだことがある。
ここに住んでみると、無理もないと思ってしまう。

水道が通っていて下水道設備もしっかりしている日本。
公園に行けば水が出る設備もあるからホームレスだって、インドの貧困層に比べればダントツすっきり身ぎれいだし、物持ちだ。
肌の色もさながら、汚れて汚れて黒光りさえしなくなった人たちがここには、あまりにも多くいる。
創造物のかもしだす快適さのみを快適さと知り、創造物のかもしだす厳しさの中で生まれて、生きて、死に逝く人々。人なのかボロなのか…一目では解らないこともある。
全身、骨にぴったり張りついた褐色の弾力の乏しい肌。
ひと目で見るだけで、骨格の状態がすべて読めそうな生きた人間の身体。
それでも命のエネルギーは確かに宿っている。
目が、それを確かに語る。
そこに希望と喜びの光が、力強く宿る日のために私はやれるだけのことをやって土となりたい。

シーク教徒の多いこの界隈。ターバンを巻いた男性をたくさん見かける。
シーク教徒は、礼拝の後にみんなで床に座って食事を共にする。
みんなが同等だと示すためだという。
それでもやっぱり国の色的な上下の差は、日本で生まれ育った私には、はっきり感じとれる。
この界隈は、住人人口の割合によって差別がそれほど色濃くはないにしても…だ。

インドでは、住み込み使用人を雇っている家庭が多い。
夫婦とこどもで住み込んでいる人たちもたくさんいる。
向かいの家の2階は、女主人1人に対して使用人一家族4人という割合だ。
小学生位で住み込み使用人してる子だって、朝早くから車を洗ったり、お使いに行ったり、働いている。
こどもの労働は、法律上では禁止だ。
食べることが出来ないこどもが、盗みをはたらくのは切ない。
児童労働は、非行を食い止め、こどもでも食べていけるある種の手段なのだ。
良い、悪いの基準は環境によっても変わる。
本当は、全ての人がきちんと食事ができて、生活の最低限必要である住居、衣服、水等、人として生きるためのものが、皆に平等にある世界であることが答えなのだろう。

夕方、涼しくなると金持ちのこどもたちも使用人のこども達も、形容詞なしで「こども」でいる時間を楽しんで遊んでいる。
一緒に遊んでいるのも見かけるので、ホッとする。
身につけている洋服と言葉に出来ない何かで双方の区別は簡単につくにしても…だ。
私のワンコを愛しそうに撫でに来ては目を輝かせ、微笑みながら「ナマステ ジー」と手を合わせるのは、粗末でサイズの合わない洋服の使用人のこども達。
金持ちのこどもは、目もあわさない、あいさつなどしない、笑顔も見せない子がほとんど。
幸せそうで子供らしいのと両親の懐の具合は反比例しているのだと思わざるを得ない。
そして…まれに金持ちのこどもが私に近寄ってくると、使用人のこども達は、王に道を譲る召使いのようにほほえみを隠して、さりげなく静かに離れていく。
そこには、分別をわきまえすぎた幼少の者の姿がはっきりとある。

この国の皆が手を繋げるようになるには、300年で足りるだろうか。
全ての固定観念を『ビッグバーンで一つ』が、洗い流してしまう日が、いつか必ず来る。
その日に向かって、アクションあるのみ!
『エンスージアズム』!!!

2010年7月20日火曜日

イラッ

30代の頃、しょちゅうイラッとしていた私だが、15年ほどたった今ではかな~り落ち着いて物事を受け取れるようになっている。
15年ほど前というと、私がHSTiと出逢った頃だ。
つい最近、インターネットで「脳の各部のサイズ等が人の性格に大きく影響している」という記事を読んだ。
私はこどもの頃から、絶壁どころかえぐれてる後頭部のおかげ様で、髪型のおしゃれが出来なかった。
お相撲さんの「○の海」さんが、身長を伸ばすために頭頂部に入れたみたいに、後頭部にシリコンが入れられないかと他の2か所(笑)のことも同時に真剣に調べたこともある。
半世紀も生きた今、やや丸みを帯びてきている。
外から、頭蓋の形を整えるHSTiの最新テクニックは、本当に凄い。
ネットの記事も、「性格は環境が基盤で決まると言われていたが、脳の形が変わると変化する」とあった。
これは、物凄い時間と、お金をかけて研究した後に発表されたことに違いない。
HSTiの発見者は、凄い。
こんなこと15年以上前から、知っていたんだ。
私は、どんな方と遭遇してしまったんだろう!!!と驚異である。
「なんで私が?」と考えても、特に答えはない。
『必然』に違いない。そう信じている。
かくして、私は自分の生き方を落ち着いて見つめ、行動できるようになってきているのである。

笑い話のようなホントの話・・・・
私の長年の知り合いの方が、HSTiのクライアントさんになった。
理由を簡単に記すと『あんなに怒りんぼだった人が、何によって落ち着いたのか。それが知りたくて、聞いたらHSTiだったので来てみました。』
そうです、あの頃の私の後頭部は…
コーヒーカップをのせて下を向いてどこまでも落とさないで歩けるという曲芸ものだったのです。
今?
この曲芸と「イラッとさん」は過去のものとなりました!!!

2010年7月17日土曜日

☆Hope☆

牛乳ボーイ第2号、最初の1週間ほどは声をかけるとわずかながら反応していたんだけど、その後は、毎日沈痛な面持ち。
気になってはいた。
真夏の朝の気温、晴天の日と雨の日の違いは、下手すれば15度ある。
この間、ずぶ濡れで震えてた牛乳ボーイ。
100円ショップのレインコートがあればな~と、胸が苦しかった。
それからは「僕はこの仕事が思いっきり大嫌いで~す!!!」な雰囲気で毎朝来ていた。
が、昨日の朝…もう一人の男の子が自転車をこいで、牛乳ボーイ第2号は、明るい顔で荷台にちょこんと座っている。
新しい地区を任されて今のところを新人に教えているのか…な?
近所の人に聞いてもらったら、「あと何日かでやめるんだ~!!」と、うれしそうに答えていた。
なるほど…
「一生、こんなことやっとれるかい…こんな、こんな、牛乳なんて…」モードから
「解放されるぞ!ほかのことやろう!」モードに切り替わったんだ!
『希望』ってとても大切なんだな~♪と改めて納得。

こんな小さな『希望』でも、繋げていきながら前に進める。
HSTi開発者の文章に~元気になって、健康の心配をしないで、『希望』を持って生きてほしい~のくだりがしばしばある。
そうか!
『希望』は、『ビジョン』に対して骨格の役目をしているんだ。
そして、『ビジョン』は大事な臓器
一人で“フムフム”と納得しながら、朝のチャイを飲むのであった。

エンスージアズム + カフェイン = 今日もどうにも止まらない!!!

2010年7月11日日曜日

どっちがコワイ?

住み込み使用人か、朝だけお掃除や料理に来るお手伝いさんシステムがあるので主婦だけが担当しているとはいえないが、ここで毎日の掃除は欠かせない。
砂埃というより粒子の細かい粘土の乾いた感じの土埃でこびりつくので、毎日机や棚やしっかり拭かなければ、後で手に置けなくなってしまうのだ。
掃除機は一般化していないから、ほうきで掃く&床のぞうきんがけも必須である。
雨期は、土埃は飛ばないが、土が濡れた靴などについて家の中や玄関先や庭のポーチなどにこびりつく。
このあたりは中流の上家庭が多い地域なので1階に住む人は駐車スペースや表庭裏庭の掃除も必要となる。
朝早くから女中さんや下男さん達が、脱力モードで掃除している。

掃除が行き届いているのでパッと見は、どのお宅もきれいななのだが、私には非常に????????な部分があるのです。
もし仮に誰かが『ホコリとバイキンとどっちがコワイ?』と聞いたとすると、私的には「バイキン!」と即答する自信がある。
肉眼には見えないからこそ『バイキン』の存在に注意をはらう。
日本人は、大体そうじゃないだろうか。
ペンから何から除菌除菌だからやり過ぎ~と感じることもしばしば。、
掃除用除菌クリーナー液等も豊富だし日本では一般的に安くで手に入る。

こちらの人は、見えないものは何億とウヨウヨいようが気にしない。
どっちがどうとも言えないが、しょちゅう病気の人がいるし、思いっきり風邪なんかに一家一同でかかっていらっしゃるのをよく見る。
もちろんゆがみが原因だけど、それに加えて見えないからといって知ろうとしない、無視していることが引き金になっていると私は確信している。
お家にお邪魔してみると…いかに教育レベルが高いことを誇っている家庭であろうとほとんどの場合、台所の台拭きと皿吹きと手吹きタオルが全部で一枚。
『一枚ずつ』ではない。『一枚しか』である。
以前仕事で公衆衛生と深くかかわったことのある私としては、声にならない『きゃ~っ!!』が心の中でこだまし続ける風景にほかならない。

施術を受けに来るクライアントさんの中には、ゆがみで感染症にかかり易い骨格の状態の人がいるし、医者にさじを投げられたよだれが止まらない子や自閉症で施術中に思わずお漏らしをしてしまう子もいる。
土埃ももちろんだが、物価の割にかなり高価な除菌クリーナー使用で『バイキン』退治に精を出す毎日である。

『認識の科学!!』
ここでも『違いを産み出す』のは、それです!!
ハッヒフッヘホ~♪

2010年7月8日木曜日

固定観念…!

今朝は1週間程ぶりに晴れていた。
足が濡れるのが大嫌いな(4つもあるしね)お嬢ワンコは、1週間散歩抜きだと何気に丸くなってくる。
早朝涼しいうちに今日こそはと一緒に散歩。
雨に洗われた街や葉っぱ、充分にのどを潤した草木は久々の朝日の中で輝いていた… マイナス
午前6時、気温29度湿度80% = 『なんてすがすがしいの~♪』
きっと12時間後には、この湿度のまま気温は40度近くまで上がるだろう。アチチ・・・

少し湿気の残った朝の散歩道で、生まれて初めて実物の『ふんころがし』君にお目にかかれた。
なんともユーモラスな虫君だった。
実は、私は脚が6本、8本それ以上あるものがかなり苦手。
素直に『キモイ!!』と感じてしまう。
それなのにこどもの頃、”ファーブル昆虫記”がなぜかものすごく好きで何度も読んでいた。
その中に『ふんころがし』君が出てきて軽く40年以上前のことだけどとても印象に残っていたのだ。
小学校の頃、[なんとか劇団]が2年に1回位、講堂で劇をしに来てくれていて、ある年の出し物は“ファーブル昆虫記”だった。
その中に『ふんころがし』君が出てきた。
おっさんが(今思えばお兄さんだったが)2人、『ふんころがし』扮してデッカイ張りぼて製のフンを後ろ向きにケツ上げスタイルで転がしていた。
それを見て此の方、私の中に大きなウ○コを後ろ向けにケツをあげて転がしている巨大「ふんころがし」君達のイメージが焼きついた。
今朝、生まれて初めてお会いできた正真正銘の『ふんころがし』君を見た時の私の反応:
「あ~っ!!!いた!!!! ちっちゃ~!?!?!?」
確かに、あんな張りぼてサイズのウ○コを生産できる生き物は恐竜以外に居ないだろうし、
そんなサイズのウ○コがあっても、それを道路を閉鎖するぐらいゆっくり転がしてる虫が居ても困るので当然だ…
『固定観念』… 意識しない所にもこんな風にたくさんあるのだろうと思う。
どんどん捨てていこう!
『ふんころがし』君、事実を確認させてくれてありがとう!!!

2010年7月6日火曜日

雨の日に想う…

モンスーンに突入した。
このところ3日ほど毎日雨が降っている。
肌寒いくらい涼しくて、快適。
数年前インドの友達が、「雨だ!!」と喜んでいた時、沖縄に居た私は「え~、雨ってうっとおしいのになんで喜んでんの???」と不思議に思っていたが、今ではインド人リアクションと同化している。

住居というものは大概その土地の気候に合わせて作られているものである。
乾燥した気温の高い時期が多いのでここの住居は窓が大きくはなくても数があり、天井が高く作られていて空気の流れがよくしてある。
暑い日中は、暑い外の空気が入らない様にすべての窓を閉め切ってレンガ造りの1階の住居にいると、驚くほど涼しかったりする。
しかし、私の屋根裏部屋は違う、天井は普通家屋の2メートルは低いし開けられる窓はない。
入口の扉と浴室と部屋を仕切る扉はあるが、浴室の向こうにあるベランダを
大家さんが潰して雨が降りこんで冷蔵庫や電子レンジが水浸しになる台所を作ってくれて
一応外からの風をしっかりしきっているので、空気がほぼ動かない部屋になった。
しかも、なんちゃって台所には水場無し。
食器も、食品もすべてトイレで洗うしかない。
日本でもトイレはやっぱ食べ物と一緒にしたくないが、ここのトイレはまさに御不浄という言葉がぴったり。
とい言うか、それしか当てはまらないと思う。
ベランダがないので私には物干し場もない。部屋干しのみである。
実に「・・・・・・」な住まい…でしょ。
しかし!!
階級意識の浸透しているこの国、部屋の様子よりも住んでいる地区でモノの価値が決まる。
日本ならこんな部屋月3000円でも誰も借りないと思う。
ここの物価の安さは、ここでの高級品である500mlのぺ○シが日本円で40円というくらいだから、かなり安い。
なのにこの部屋の家賃は日本円で1万5千円もする。
日本ならぼったくりでしかない。
しかし階級システムに根差しているこの国では、どこに住んでいるか、誰と知り合いかでその人の価値そのモノも決まる。
別に私自身は、どう思われても良い。
でも、HSTi骨格調整とHSTiそのモノの価値を落とすことになることは絶対に避けたい。なぜなら、HSTiは、日本とは違った風にかもしれないけど絶対に浸透していくし、日本での固定観念から離れて、その地域にあったプロデュースをすることが必要だからだ。
この住所で私が施術をしてるということが、少なからずとも信頼感につながっているのだ。
ここの診療所なども粗末な作りのところが多いので、地域に信頼がある限りクライアントは部屋の造りは気にしない。
 正直なところ私の知っている日本人で、この部屋で長期生活できる人はいまだに思い当たらないのも事実である。

そとは、降り続く雨。
私は、この国の低賃金労働階級の人達に対する思いが強い。
ふんぞり返って感謝を忘れてしまった一握りの富裕階級の人達も、もっとおおらかに、もっと自由に、もっと幸せに、もっと明るく、もっと健康に、もっと素直に、もっとシンプルに生きられるようにHSTiが普及することを夢に毎日自分に出来るかぎりのアクションを重ねている。
 でも、彼らはまだいいと思う。食事に困ることも、天候に悩まされることもない。
 今朝、いつものように牛乳を買った。私とお友達だった牛乳ボーイは他の地区に回されて、新しい男の子がここ1カ月ほど来ている。
 今は7月、雨が降っても今日の気温は25度くらいだ。
 牛乳ボーイや新聞ボーイやフルーツボーイはほぼ毎日同じ服を着ている。
 きっとシャツ2,3枚、ジーンズなんかも2本持ってたら良いとこだろう。
 牛乳を買おうと濡れるのを避けてきるだけ軒下を歩いて道に出た私。
 牛乳ボーイは、傘もなく骨の髄まで濡れて寒さに震えていた。
 ここのこういうたぐいの人達は、真冬の雨の中でも傘も雨合羽もない。
 気温が一ケタの雨の日でも皆、野良犬のようにずぶぬれて暗い目をして止まらない震えを耐えている。
 
1階の私とよく話をする若い奥さん(私の次女と同年齢)は、カーストの一番高い階級の出身だ。
 さっき一緒に牛乳を買った時、牛乳ボーイに「今日は、お釣り気にしないで早くいっていいわよ。明日返してね。」と言っているのを聞いて物凄くホッとした私であった。
このような階級を超えて思いやりをハッキリ示す人はマジで珍しい。 

そして…私なんか...部屋の中で濡れずに生活できるから本当に文句を言えた筋ではないのだ...

この国にいると混沌とした葛藤がいつも心の中のどこかで続いている。
私自身のことでは決してない。
どうしたら、一人でも早くもっとハッピーに生きられるようにできるのか。
自分には何ができるのか。
どうしたらいいだろうか。
魔法の杖があるわけではないから、自分の一つ一つのアクションで地道にアキラメずコンスタントに進んでいくほかないのだ。
そして、それこそがエンスージアズム!!

2010年7月4日日曜日

『Good morning!!』攻撃

社会体制に階級意識の浸透がはなはだしいインドでは気さくに誰にでも”あいさつ”することが根付いてない。
日本でも都会より田舎にいくほどフレンドリーな感覚があるが、ここはかなり田舎でもその感覚においては都会的。
人と人の結びつきの認識が希薄なんだろうか。
あいさつしないわけではない。
知ってる人や目上の人や偉いと言われている人には、なんでこんなに大げさにというくらい慇懃無礼である。
終わった後で「本当は足引っ張って転ばせてやりたいんだけど…」なんて発言もでて…どっひゃ~(大汗)!でもある。
日本のそれに輪をかけて『建前と本音』のコントラスの強さも感じる。
バランス、調和を考えると改善されるように少しずつでも働きかけようの一言に尽きる。
忘れてはいけない。
自分のまわりの世界を少しでも変えるならそれは世界の一部を変えていることになるのだから
より良い世界の為の第一歩だ!


毎朝、暑い日も寒い日も車を洗っている使用人(10歳くらいの男の子)、向かいの家2階の使用人男性、牛乳ボーイは、10日前後で『Good morning!!!!!!攻撃』成功で、こちらから声をかけなくても笑顔で「Good morning!」と声かけしてくれるようになった。
毎日見る顔が真正面から歩いてくるのに視線を合わせず通り過ぎるなんていう不自然で味気ないことはないので、お互い気にいっている(と思う)。
富裕層の人の中には、労働者階級の人たちに「おはよう!」って言っている私をあからさまにさげすむ目でいる人もいるけど、「早くあなたもあいさつできるようになったらいいね、ね~♪」のニュアンスを含んで私は彼らにも挨拶する。彼らは、無反応だ。ようするに「シカト~(笑)

新聞ボーイは手強かった。
見かける度に、絶対鬱だ!!!的な沈痛な面持ちで自転車のペダルを踏んでる。
若いのに楽しいことなんて全くない、生きてるなんてしんどいだけって様な表情なのだ。
一切眼をあげてこちらもみないのが2カ月続いて「おはよう!」と声をかけるチャンスがなかなか見つからなかった。
しか~し!!HSTiで骨の真髄までしみ込んだ『ネバーギブアップ』の心。
誰かの歌じゃないけれど『最後に(HST)iは勝つ~♪』!

そして、ある日チャンス到来!!
私が大家さんちの鉄門を開けてワンコと外に出ようとした時、新聞ボーイの自転車が目の前で止まった!!
すかさず、「Good morning!!!!1階の大家さん宅と半階上宅の新聞、ちょうだい。私が持ってくよ!」と強引に英語で言ったら、一瞬固まったが新聞を手渡して自転車で去って行った。
その翌日から、離れたところからも「Good morning!!」と笑顔満面で手を振る新聞ボーイの姿が!!
えっ!?だれ?!って思うほど、顔も雰囲気も変わった。
悲愴そのものだったのに、超ハンサムボーイに変わって背筋までも伸びている。
周りに人がいても(他の人は周りに人がいるとはにかんで、声を出さない。ちょっと困った顔になる人もいる)まっすぐこちらを見て極上の笑顔だ。
彼を毎日見ていた大家さんの娘さんは「凄い素敵な笑顔ね~♡」とビックリ。
あの日以来、へんし~ん!!!!
いつも笑顔の新聞ボーイ!!

ハッピーは伝染するよ!!
感染者、増やそう!!

2010年6月25日金曜日

○○タイム

沖縄には『うちなータイム』という???なコンセプトがある。
沖縄に住み始めた最初の頃は、非常に戸惑った。
物心ついてから此の方、時計はしっかりいつも合わせておくモノであってそれが表示する時間は必ず守ることというのが当たり前だったからだ。
私と同じだという人もたくさんいるし、そうでもないという人もたくさんいるとは思う。
『うちなータイム』は、大体1時間遅れのタイミング。
沖縄に20年以上住んでも生まれ育った時間ピッチリのタイミングが身体にしみ込んでいて、うちなータイム実行しようとも思わないし、しようとしてもうまくいかない。
他の人がうちなータイムでも受け入れられるが、それでもイマイチな感覚がある。
『無駄遣い』な気がするからだ。
財布にお金が2400円しかなかったら、100円だって無駄に使いたくない。
時間だって、老いも若きも男も女も貧乏人も金持ちも絶対24時間しかないから、無駄にするのは非常にもったいないと思う。
そこで、どこに行くにもいつも必ず無駄が出ない様に自分のしたいことを携帯することにしている。
読んでる最中の本、翻訳の見直し用原稿、手紙用の紙等々。
生れて此の方『暇だ~!退屈だ~!』と思ったことがない私。
いつもたっくさんやりたいことがあるんだもん。
1時間くらいそのうちのどれかをしてるとあっという間に経つ。

インドにも『インディアタイム』というのがある。
タイにも大体1時間遅れみたいな雰囲気はあったので、凄く驚きはしなかった…
が!!! やっぱりびっくりだ。
何故って?
『インディアタイム』は素晴らしく定義しづらい時間帯だから。
1時間遅れは普通。
3時間遅れも普通。
1日から3日送遅れなんて当たり前。
何週間、何カ月だって頻繁にあり得るのが「ありえん!!!」って思ったりする。
で、こっちの人は人をまたしても平気。
でも、待つのはやっぱり嫌らしい。
じゃあ、自分から始めて人を待たせるのの辞めればいいじゃん!
というのは簡単だが、人口日本の11倍。
インディアタイム人口が最低その80%居るだろうなと思うので数を見ると目が回る。

HSTiは、時間を大切にする。
施術の中にもクライアントの予約時間を最大限に活かすための技術や器具が盛りだくさんだ。
時間は有限だとHSTiを開発した先生が言っている。
簡単に言うと健康をサポートして生きることを自分の夢の実現の為に活かしてもらいたいとい宇根がいの集結がHSTiだ。
だからHuman Success Techniques & intelligence『人が人として成功するためのテクニックと英知』
基礎講習内容の一部に『相手時間』の話がある。
パッと見、意味わからなくてすぐに英語に訳せなかったタイトルだ。
内容をよく吟味して最終的に『Time for others(他の人/相手の為の時間)』と訳した。
他の人が生産的に生きる時間を増やすようにすると、全体がどんどん良くなっていくし自分の生産時間もどんどん増えてくるということ。
自分の身の回りのことを人に手を焼かせないで自分ですることだって簡単にできる『相手時間』をささげる行為だ。

さて、水を飲むときでさえ冷蔵庫の横に立ちながら使用人や嫁に頼む事が普通に受け取られるインド。
『インディアタイム』、ごみのポイ捨て大賛成一般大衆、愛犬の垂れ流し当たり前…
何故、ここにHSTiを携えて私が居るのか…
よ~く、お解りになると思う。
HSTiが、インドを救う!!
間違い無し!!

2010年6月20日日曜日

レディー & ジェントルマン

パキスタンのカラチに行った時にとても驚いたのは
みんなが何にも気にせずに道にポイポイゴミを捨てていて
買い物したときなんかのビニール袋が「ショエ~ッ!!」っていうほど道の端にたまってたこと。
そこまで大っぴらに道にゴミを捨てていいのを見たことがなかったから衝撃でした。

南インドのケララ州はインドで一番貧しい地方だということだが、
教育レベルはインドで一番高いそうです。
ケララ州のカリカットというところに行った時、道にゴミが落ちていないのと
貧しいながらも清潔を心がけて身ぎれいな人がほとんどだったので、凄く清々しく思ったのをおばえている。
別に恰好が立派とか裕福だとかいうことは別にして、教養があるというイメージだったのだ。

現在私が住んでいるチャンディガル。
教育レベルの高い人が多いといううわさを聞いていた。
緑が多く街も整然と区画整理がされていて、確かに混沌としたインドにある多くの街とは違う。
大きな結構手入れされている公園で、みなさん朝から歩け歩け運動をしていらっしゃって
健康に対する意識も高い感じである。
公園にはたくさんチリ箱が設置されていて『Use me!! (使ってね!)』って書いてある。

日本では、お金のある人とない人はパッと見では判らないけど、インドでは『0.1目瞭然』で判る。
大まかにいえば、一般的にはお金のない人って解る人は教育にもほぼ縁がない感じです。
朝の歩け歩けを週何回か実行している私。
前を歩く身ぎれいな年配の女性が、歩きながらゴミを公園でポイ捨て。
しかも、『Use me!! (使ってね!)』チリ箱から1メートルも離れていない処で。

教師である母親が運転する車の中でこどもがお菓子を食べて包み紙を足元に置いた。
母親はは「そんな所に置いとかないで捨てなさい!」と車の窓を開けて外にポイ…
こんなこと、ここチャンディガル~教育レベルが高い人口が多く、インドでもっともきれいと言われる街~でも当たり前です。
私みたいに人が捨てたごみ拾ってチリ箱に入れてる人は、こちらではレベルの低~い人と認識される。
それがどうした!!!受けて立とうじゃないの!!!
と、私はこの辺でワンコのウ○チをポイ捨てしない唯一の人です。
私が愛パグのウ○チを拾っているとこども達が「???」で見ています。
拾って袋に入れて「はい!」ってあげる真似をすると、みんな引きます。
ま、これはどこの誰でも多少は引くよね。

教育レベルや教養レベルってなんだ???
私的には、他の人への影響を考えられない状態ならいくらその人の名前の横に資格を書いた紙が何枚もあったとしてもその資格は生かせないんじゃないのか、そんなもん硬過ぎてケツも拭けんし無駄にしてるんじゃないかと思う。
人としての円熟って周りを思いやることができることじゃないかしら。
そんな人が人として成功するんじゃないかしら。
ものすごく立派だという人で思いっきり自己中に徹してる人はいない気がする。
インテリジェンスは、学校では身につかんし金では買えません!!
じゃどうするかって?
ワンコのウ○チを拾ったりして謙虚さを身に付けるとグリコのおまけのようにもれなくついてきます!
その為にウ○チ拾ってるのかって? もちろんですっ!!

盗電

今朝ネットのニュースで隣の家の電気を盗電した人がいるという記事が目に付いた。
どこの国?と思ってみたら日本。
インドを見習っちゃった…?
インドでは盗電が電力不足の大きな要因になっているというのを日本のテレビで見たという人がいた。
デスパレートな人の考えることは国境を超える。
人間皆考えることは心の芯の部分では同じだろう。
こちらでは日用茶飯事に起きることでも、方法を見るとお隣の瞬間湯沸かし器のコンセントに延長コードをつないで自宅に引き込んだところは、物が豊富で合理的な日本だなと思う。

デリーなんかではビニールシートを1本の棒に乗せて屋根にして
4隅を石で抑えてるような住居に電線から細い線が引っ張られてるのをよく見かけます。
当然メーターなんかなし…電気料金が発生してもお金なんて絶対ないから払えないんだけどね。
水道さえないんだから、裸電球1つくらいは使わせてあげたい気がする…
でも、こういう人口は国中で何億と居るはずだからやっぱり合わせると大変な電力消費にはなるだろう。
友人の友人に直接聞いた話によると、引っ越ししたアパートでの電気代が毎月凄く高いので
変だなと思いチェックしたら大家さんが彼女のメーターのところから線を引っ張って自分の内に引き込んでいたという日本ではありえん驚愕のズル事件。
こちらの人によるとこんなの頻繁だから色々自己責任で調べてしっかりしないと生きていけないという。
お利口さん日本人社会で育った私には、ずいぶん迷惑で神経磨り減る事実である。
でも、私の大家さんは違うんだよね~!
そこが私の運なのだ!
あと一つ運が強いと思うのは、東南アジア、南アジアの旅歴多しで…っていうか住んでるし…屋台で買い食い平気でするけど
一回も食あたり水あたりの経験がない。
それは、さておいといて…

他人のものは自分のもの…。
自分のものは自分だけのもので自分のものは他人のものじゃない…。
この感覚が人の心に浸透している。
ビッグバーンで一つ…っていうのが見えなくなってる。
私もあなたもみんなみんな大きな一つの生命の小さいけれど必要不可欠な一部なんだという認識があれば
よそからは奪わないし自分のものは進んで分け合うのが普通になってくると思う。
他人のものは自分のもの。
自分のものも他人のもの。
自分と他人を分けて考えない。
家族意識がどんどん広まって他人という意識さえなくなるように。
そんな世界にするためにHSTi、地道にそれでいてパワフルに普及させよう!と思う。

2010年6月19日土曜日

涙・・・

何日か前、高校生の息子が父親を殺害したというニュースがあった。
他の事件と大きく違うのはこの親子が仲良しで父親は息子を自慢し息子は父親を尊敬していたということ。
病気の父に疲れたから殺してくれと頼まれて、実行したという。
思わず『失楽園』を思い出してしまった。

息子に殺人を頼む親なんてとか、いくらなんでも父親を殺すなんてとか…そういったことではない。
人は皆、一瞬一瞬大なり小なり決断を繰り返しながら生きている。
そして皆、自分自身の決断をする権利が人格として生きる人間にはあるから
人のことをとやかく相対的に裁くことは出来ないと思う。

ただ私にも思うところはあるんだ…
一人の男性の夢だった『骨格調整が世の中に普及して病気にならない身体を持った本当の意味の健康な大人と子供でいっぱいの世界にしよう!!』
これを本気で分かち合い実践の為にアクションを続ける仲間が今、日本にそして世界に少しずつ、でも確実に増えつつある。
そんな世界になったら、このお父さんも息子も悲しい決断をする必要はなくなるものね。
この人たちの辛さ、苦しさは私自信の責任でもあると感じています。
感傷だけで終わっては、この父親の命が消えたことと、勇気を振り絞って行為に及んだ男の子の行動の意味がなくなる。
こんな悲しい事件が起きなくてもいい社会の為に、私に出来ることは私の責任でやっていこう、頑張り続けようと再び自分に拍車をかけました。

2010年6月17日木曜日

ショック

ちょっと暗い薄曇りの日に電気のスイッチを押したら、火花が散っているのが見えた。
コンピューター用の延長コードのスイッチを暗がりでオフにした時も、火花が見えた。
デリーに居た時、夜の11時くらいに外が明るくなってパーン、パチパチと音が聞こえたので花火だと思って見に行ったらベランダのすぐ側の電柱が炎上していた。
先日、垂れさがった電線にバスの屋根が当たってバスの乗客が感電死したというニュースを見た。
『♪ショック ラガラガラガ♪ ショック ラガ~♪』と軽快なリズムの電気スイッチメーカーのCM。他のメーカーのスイッチで電気を付けると髪が全部おっ立つ(感電)けど、このメーカーなら大丈夫というコマーシャル…電灯のスイッチボードで感電するかもって…
ここに居ることは、生活圏の中に日本では考えられないたくさんのリスクと隣合わせだということ。
だから、金持ちは皆、いわゆる先進国スタンダードの生活をする。
こちらで日本式の生活をしようとすると、日本の生活費の倍はかかるかもしれない。
問題が起こる前に防ごうというコンセプト、ここの一般大衆の社会では皆無に近い。

この違いどこから来るのかな…

もし、階級の違い、地域の違い、国の違いなんか気にしない地球になったら
みんなに最低限の必要物と安全と人が人として生きる権利が平等にあったら
後のものは個人の能力でゲットする違いは出てきても、必ずもっと平和で安全になると思う。
それには、本当に分かち合う想いが皆の心に必要だろう。
家族の単位を超えて、人が皆家族だと判るときが来れば
お互いを大事にして技術も発達し皆の生活に浸透していくだろう。
HSTiは、それをも可能にします。
宇宙船地球号が『私自身と同じくらいにあなたを愛しているよ!』と言える乗組員でいっぱいになる日の為に!
目標が300年先でもイイ。
私たちの未来が、本当の意味でハッピーでヘルシーなものになるように!

2010年6月16日水曜日

恋愛

そんなもん自由やんか~♪と思ってる人であふれる日本。
結婚は未だに親が決めた人とする確率がまだまだ高いインド。
離婚だって増加傾向にはありますが、まだホントに少ないです。

どっちがイイもワルいもないけどね。
しいて言えばベターってのはある気がするけどそれもどっちにも当てはまらない気がする。

毎日朝6時過ぎにワンコの散歩に行って帰ってくると上の階の新聞が踏みそうな所に配達されてるので
上の階段まで置きに行くのですが、昨日はふと"electricuted(感電)"の文字が目に入り気になったので
もがくワンコを抱えたまましばし立ち読み……

  19歳の男の子と女の子。、女の子の家族が招待したので男の子は彼女のお家に行った。女の子の家族が2人を4時間拷問して最後に感電させられて死んでしまった。今朝もまた関連記事が第一面にあったのでつい読んでもた。

  拷問して感電死させたのに捕まった家族の一員(おじさんだったかな)は、男の子はタクシーの運転手でカーストが違うから当然のことをしたまでだという主張。

これ、どこかのヘンピな山の中や頭のおかしい変質者の発言ではないのです。
ニューデリー。そして家族は近所では評判の悪くない人たちだった。
公に言わないまでも主張に同調する人もここにはたくさんいます。
2010年6月です。

もし、人がみんな全体で一つ何だということに気がついて生きていれば
階級で差別なんてありえないこと。
もし、自分と同じように他の人を気遣うことができれば、こんなことは起こらなくてすむ。

ビッグバーンですべての人の意識は一つ。
あなたの痛みは、私の痛み。
そして私の喜びはあなたの喜び。
HSTiは、身体から人が人として生きる術をサポートします。

Truth is simple (真実は素朴で単純)

日本に居るとテレビでニュースを見る機会が多くて、日本や欧米社会のことが主に耳に入ってくる。
今注目のインド。IT分野での評価は、凄く高い。

25年ほど前にアメリカに住んでいた時、アパートのメンテナンスの人との会話の中で彼を思いっきり仰天させたのは当時のアメリカで中流家庭には必ずある衣服乾燥機と流しのごみディスポーザーが日本の一般家庭にはないと言った私の発言。
「えっ!?SONYの国なのに?最新技術の国なのに???」
「そうだけど、でも一般には浸透してないよ。ここの方が生活は便利」
今でこそ以前より普及はしているものの無い家庭の方がまだ多いんじゃないかと思う。

今輝かしい発展を遂げるインド…本当にそうなのかな…と住んでて思う。
確かに伸びるところでは伸びている。
ある分野、ある地域、ある階層ではそうなのだけど…
それがために取り残されるものも多いように思える。

個人の益だけを追わず全体の益を図り、家庭や友人のつながりだけでなくそばに居る見知らぬ人をもの益を考えれば、全体がどんどんよくなっていくのにな…
言うのは、簡単だけど出来ない…?
では、トライはしたのかな…?

全てのものは網のようにつながっていて人も意識していなくても必ずみんな繋がっている。
ビッグバーンの内に全ては一つ。
だから自分が大好きなのと同じだけ隣に居る人、すれ違う人を大好きになれれば
地球はもっと幸せなところになるよね。
素朴なことです…少しずつでもトライしてみませんか?

それは、HSTiのゴールです。